世界は素敵な人たちであふれている

 昔はテレビが大好きだったのに、いつの間にかテレビのない生活が普通になってしまったのはどうしたわけだろう。聞けば若い人たちの多くも今はそのようで、ドラマなどもなかなか視聴率が取れないという。端的にいえば面白くないからで、過剰なほどのCM、同じ顔ぶればかりのバラエティや、当たらない天気予報や本質にまったく迫らないニュース番組ばかりでは、よほど孤独な人か暇つぶしでなければテレビの前にじっと座っていることなどできない。それなのに先日、前の番組を見終わったまま次の番組をそのまま一時間半も見てしまったのは、『世界ふれあい街歩き』(NHK・BS)という番組の内容が魅力的で、スイッチを切ることができなかったからだ。この回が紹介していたのは、誰が何といおうとわたしが惹かれてやまないニュー・ヨーク市だった。その昔、英国のヨーク州から渡ってきた人々が愛する故郷への郷愁を込めて新天地に名付けた地名。いまでは近代のアメリカと世界を代表するように、いつもエネルギーと活気にあふれ、先端を発信し続けている街、NY。アメリカという国のやり方は嫌いでも、政府の政策とは別のところで、わたしはNYという街が発散する実にリベラルな空気感とそこに暮らしている人々への(根拠のない?)信頼感がある。おそらくは移民の国・アメリカの中でも、明日への希望を抱いて多様な人々が多く集まり、またそれを許容し受け入れているという安心感とオモシロさにシンパシーを感じるからなのだろう。この日の番組はダウンタウンとハーレムを紹介していたが、これまで世界でもっとも数多く語られ、報道され、紹介されて来たであろうこの都市の様相が、まったく異なる新鮮な視点から温かく紹介されているのが心地よく、見ているわたしは文字通りぶらぶらと散歩する幸福な住民のような気持ちになった。そして9・11の後にこの都市を訪れた時の興奮を懐かしく思い出した。

 NYを生馬の目を抜くようだと、上昇志向の塊のようで息が詰まると嘆いた友がいたけれど、わたしはよくも悪くも、人生に腐らず諦めずに今の境遇より少しでもより良い地平を目指そうと夢見る人々の醸す、この都市のエキサイティングで可能性の希望に満ちた明るさが好きだ。番組は車ではなく、ぶらぶらと、あの道この道を思いつくままに歩き、出会った人々に声をかけてゆく。とかく貧しさと犯罪の多いエリアだと喧伝されることの多いハーレムにも、肩の力を抜いて偏見など微塵も感じさせずフラットに歩みを進めるカメラワークに、ハーレムを愛し拠り所にする若い女性は満面の笑みで「この街のコミュニケーションが好きなの」と誇らしく手を振る。言葉も習慣も違っただろうさまざまな国の出身者が一つの教会を拠り所に集う安心と開放感。皆親切で、50年前に密入国で亡命したという老人の営む小さな店のアイスクリームを買いに来た女性たちは「彼は素敵な心の持ち主なの」と、およそ日本語にはない表現をする。貧困からバスケットで身を起こしたというダウンタウンのヒーローは、だからこそ地域の子供たちにも未来を、と無償で彼らにバスケットを教えている。無農薬で育てた野菜などを街の人々に供給する事業をボランティアとして積極的に手伝う女の子は、将来の夢はアクターだがそれが叶わないなら農業をやる、と実にしっかりとバランスの取れた受け答えだ。そういえばダウンタウンにある公園でも管理するスタッフも年若い女性で、植えたものではなく自然に咲き増えていく植物が好きだから、と楽しそうだった。何故かわんぱくな男の子たちが慕う店のグランマは、運動神経が卓越したその中の一人の少年に「それを活かしなさい」とアドバイスし、教育の大切さ、学ぶことの尊さを彼らに繰り返し丁寧に伝えてやまない。どんな人間関係であろうと、愛され愛することこそが人間を人間らしく育むという真理はこうしてNYの片隅の、一人のグランマから血の繋がりもない孫たち世代へと伝えられている…

 NYの真ん中であろうとサバンナであろうと、中東あろうとアジアの片隅であろうとシベリアであろうと、皆、自分が生まれ育った場所にはそれなりの想いを抱き、愛着をもつ。植民地下の朝鮮から、なんの縁もない異国の北国へと渡ってきた両親から生まれたわたしでさえ、津軽を故郷と想い、これほどまでに愛着があるのだから。番組は世界のどこであろうと、そこに暮らし生きる人々の日々の営みこそが街を作り支えているという当たり前のことを、だからこそその人々の笑顔と希望こそが世界の幸せであるという、今更ながらの真実を見せてくれる。画面のこちらのわたしの代わりに、カメラが街を歩き人々と気さくな笑顔で言葉を交わすことで、世界は思いがけないほど優しく素敵な人たちであふれているという大事なことー希望ーを、改めて気づかせてくれた。硬い言い方をするなら、こんなことこそが「民主主義」の礎なのだという、胸の熱くなる揺るぎない本質をー。

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