3.11の、美しい貌の人々

 東日本大震災から、すでにもう13年が経つという。記念日にはメディアが一斉に取り上げるので、「この日だけ?」という白けた気持ちと重い気分に陥るのが嫌で、テレビなどは見るまいと思っていた。にも拘らずに見てしまい、そしてやはり泣かずにはいられなかった。
 愛する妻や夫を失った人、父を母を失い一瞬にして寄るべのない孤児になってしまった子供、かけがえのない子供を失ってしまった母や父。慣れ親しんだ家屋とともに、思い出の町も村も風景も、ともに暮らした動物たちも、一切合切あらゆる懐かしい記憶の全てが流され消滅して、ただ茫然と立ちすくんだであろう人々の13年。きっと、この世の現実とは思えなかったに違いない。

 けれども13年を経て七歳だった子供は成人を迎え、40代だった父は、60代の初老になった。小学生だった小さな息子は父の後を継いで漁師になり、泣いていた女の子は母を気遣う大人になっていた。原発の放射能にやられた町と自然は、復興の名の下に人工的な新しい姿となっていたが、中身はまだ空っぽで、心からの笑いが弾ける町というにはほど遠い。
喜びばかりに満たされた人生はありえないように、誰しもが多少の悲しみや苦しみには避け難く遭遇するものだが、抗うことの困難な自然災害に加えて、戦争や原発事故などという人為的なものは権力の作為によるものであって、被害者となった人々の憤怒と苦しみはまた別の切なさである。

 それにしても、2024年3月11日のテレビ画像で出会った震災被災地の人々の健気さには、なんといってよいかわからない。絶望と失意と憤りのトンネルを何度も何度も行きつ戻りつしながらたどり着いたに違いない、今日のその一方一方の表情は、飾り気なく真っ直ぐで清しい。絶望の淵から一歩一歩這い上がってきた人々だけが持つ、清らかで強い気配。まだ若い人の貌にも表れている、生なかではない経験を超えて来た人々だけが持つ「成熟」の気配。

 「政治家の本質は、人格」と喝破したのは元衆議院議員で、総理大臣代理や副総理、内閣官房長官を歴任し、総理大臣に推されながらも「その任にあらず」と固辞して政界を去った、故・伊東正義氏(福島県選出)の弁。今、国会議員でありながら、悪行によってその任にあらずと国民に議員辞職さえ求められながら、連綿として権力の座にしがみついている与党議員たちの貌を見る時、日本は農漁業従事者や技術者、職人さんなど一次産業に従事する人々をはじめとする市井の人々に、優しく美しい貌の人が多いとしみじみ思う。

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